【基本構想の見直しの作業】が、不十分かつ不完全な状況のまま「佳境」に入ってしまいました。
「結論アリキ、見直しアリキ」で突き進んできた基本構想の見直し作業ですが、総合計画審査会の会長の不可思議な議事進行のもと、ここまで議論が進んで来ました。具体的には、委員個々からプレゼンを行わせるという、大学のゼミのようなスタイルで進めました。しかし、委員からの提案が採用された形跡は殆ど見受けられることはなく見直しの原案がまとめられて行きました。
しかも、3・11の震災により被災地となっていたにもかかわらず、当初のスケジュールを変えることを会の長としてキチンと要求せず、無理のある見直しスケジュールに、更に拍車が掛かった状況ですら「了」としてしまい、一番喫緊の課題である「基礎自治体として、市民の安全安心を担保しなければ成らない防災」に関する部分の審議時間も取らないまま見直し原案がまとめられていきました。
本当に横暴極まりない市民参加形態を許してしまったものだと怒りを禁じえません。
「答申を出さなければ、今まで出た市民意見がムダになってしまう」という、審議会の長として有るまじき発言を恥ずかしげも無く繰り返す会長には、正直、開いた口が塞がりませんでした。「何をかいわんや」とは正にこのことです。
たとえ答申を出さなくとも、市民の意見には真摯に耳を傾けるのが行政としての有るべき当然の姿です。
足掛け二年近くも議論を行ってきた市民の労を一体なんだと思っているのでしょうか?
「行政側が要求(諮問)している答申を審議会が出さなければ、議論が無に帰してしまう」ということを私たち市民が、許し認めてしまうのであれば、権威付け、いわば、アリバイ作りの一環で行うような、このような形での市民参加は、金輪際一切要らないと思います。
この膨大な時間と議論に付き合わされた市民を一体なんだと思っているのでしょうか?
以前から課題認識を持っていましたが、他の学識の方の発言も足掛け2年聞き及んだ結論として「学識経験者の選任について」も、再考すべき喫緊の課題であるとの思いを改めて強くした次第です。
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「改選前の議会で、何としてでも見直しの議案を通したい」という意思が透けて見え過ぎるのです。
見直しの是非はともかくとして、もう少し、上品かつ紳士的に見直し議論を進めてほしいものです。
そこまでして、急ぐだけの大義があるようには全く思えないからです。
内実が全く整っていないため、全くもってお話にならないからです。
それでも。
6月議会の開会に無理やりにでも合わせて、見直し作業が進んで行きます。
本当に問題のある行政運営(手法)です。
私は絶対に許せません。
以下、ツイッターに投稿した記事です。
posted by 久野晋作 at 00:13| 千葉 ☁|
基本構想の見直し
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