2005年07月04日

一喜一憂

昨日の都議選の結果を、皆さんはどのように感じ、受け止めていらっしゃいますでしょうか?私が一番注目していたのは、投票率でした。

投票率は43.99%で、過去二番目の低さとのことですが、正直、惨たる数字にガッカリしています。一体全体、何を考えているのだろうか…と。「高が一票、されど一票」という言葉の意味は、どうやら東京都民の約6割の有権者には判らないようです。本当に残念ですちっ(怒った顔)

期日前投票という、セーフティネット?が用意されているにも拘らずです。


昨晩の速報や、今朝の新聞各紙・ニュース番組を食い入る様にみていましたが、「最悪、白票でもかまないから、投票に行って欲しい」「一票を行使しない限り政治は変わらない」と言ったコメントには、全くその通りだと思いました。

「白票では意味が無いじゃないか!」と、お考えの方もいらっしゃるかもしれませんが、行かないよりもは数段マシであり、まともだと思います。≪最低限の義務は果した≫と、言えるのではないかと思います。

「何故、投票に行かないのか」の街頭インタビューには、「投票に値する候補者が居ない」とか、「争点が見えてこない」などとコメントする方がいらっしゃいますが、そんな事は言い訳にはなりません。キケンをする事で、どのような結果を招いているか、理解しなければなりません。



政治は国民の身の丈を超える事はありません。そのままの姿と言っても過言は無いと思います。

また、時代が窮すると良くうたわれる「救世主(メシア)待望論」も、どうかと思います。そんな夢のような話は存在するわけがありません。政治の世界に身を置くものは遜詮国民の一人であるわけですから、一票一票をコツコツと積み上げていくしかないのです。

とある国会議員の方が話されていた、投票行動を決める際の【セカンドベスト】という言葉があります。ベストは無くても、次のベストを選ばない限り、「白紙委任」した事になり、政治に文句を言える筋合いにはならないことを、損たちはもっと強く自覚しなければなりません。

最後に痛い目に遭うのは自分達です。

そんな観点でも、広義の意味での「公民教育の重要性」を強く感じる今日この頃です。
posted by 久野晋作 at 15:52| 千葉 ☔| Comment(10) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
確かに投票率低かったですね。。。
棄権すると云う事は、自分自身の意思表示を放棄するの同じこと。
これって政治に自分達の思想を反映させたい団体が存在した場合にとても有利に働きますよね。
そして気がついた時には自分達の意思とは全く逆な行政が施されている。
こんな事が現実に起こりえるのが今の日本。。。

自分達が持っている権利を行使する事の重要さを判って欲しいですねー
(俺も判ってないかもですが。。。)
Posted by 石川浩久(ふぇいちゃ) at 2005年07月04日 17:55
今回の都議選はちゃんと投票に行きましたけど、自分の名前を書いて帰ってきました。もちろん、立候補していません。争点が見えてこないということもありますが・・・

まず、投票所の問題。ハッキリ言って『遠い』ですね。公共施設を使う以上仕方ないことと思われますが、都内全域で投票可能とかできないですかね?せっかくネットワーク化したのですから、有意義に使えませんか?って聞きたくなりましたよ。



Posted by ★みっつ★ at 2005年07月04日 18:02
ふぇいちゃ、早速コメントありがとう♪1972会お疲れ様でした。10.11後楽園、頑張ってね!

「投票に行かないことでどうなるか?」を確信している、若しくは、結果に関してどうでもいいと思っているなら仕方ないのかもしれないけれど、それではやっぱりダメなんだよね。うん、やっぱり絶対にダメだよ。

だから、声を上げ続けるしかない。それ位しか技(業)がない自分に苛立ちを覚えるけど、支持政党や政治信条は別としても、政治への明確な参画意識を醸成することが急務の課題だと思っています。


★みっつ★、ふぇいちゃに引き続き、連続投稿ありがとう♪⇒計ったの?って、そんな訳ないよね(^^ゞ

確かに、投票所って、大概駅から遠いところになってしまうんだよね。小学校の体育館とか、公民館だったりとか、地域の集会所だったりとか…。不案内な人には厳しいものがあると思う。

★みっつ★の言うように、工夫出来ない事は無いような気がします。もうちょっとだけでも何とかならないかな…を、形に出来れば少しは変わるかも知れないね。

有り得ないかもしれないけれど、「コンビニ行政」を実践している自治体があるくらいだから、「コンビニ投票所」なんて、やってやれない事はないような気がします。人件費的にも随分削減効果ありそう。

もちろん、選挙はとても重要だから、制度変更を考え、実行する時は慎重には慎重を期さないといけないと思う。だから、それを踏まえて、何かを変えないと、益々若者は政治から遠ざかって行く。

ロックだのセールだので、気を引いても本質的な部分は何も変わらないような気がしてならない今日この頃なのです…。
Posted by 久野晋作 at 2005年07月04日 19:13
はじめまして、
先日1972のオフ会に浴衣で参加した
こぶたと申します。
お話できなかったけど(^_^;

さまざまな選挙の投票率が報じられるたびに、
夫と「どうしたら投票率を上げられるのか?」という話になります。
もちろん!政治に関心を持ってもらうことが大前提なんだけれど。
私は勉強して興味を持った
子育て支援や、高齢者福祉に関心があるのでそういったことに力を入れてる人へ…。
とか思えるんですが。

例えば、本当に稚拙なたとえですけれど、
女子バレーとジャニタレを一緒にして
観客数も視聴率も上げたように
選挙や政治でもなにかできないでしょうかね?
若者達に投票させるような企画…。
単に気を引くだけに終わらない。
そんなのないかなぁ?
夫は「義務」にすればいいといっているのですが
それはちょっと暴力的な気もするし。

ちょっと聞いてみたくて、書き込みました。

お邪魔しました〜。
Posted by こぶた at 2005年07月04日 20:00
こぶたさん。どうもです。浴衣の方は何人かいらっしゃったので、う”〜ん、どなただろ…なのですが、又の機会に是非!

さて、「如何に投票率を上げるか?」ですが、頭の痛い問題ですが、新しい問題ではないですよね。「関心を持て!持て!」と言っても、確かに、それは厳しい問題だと思うのです。

人は自分の身に降りかかってくる火の粉は必死に払いますが、そうでないと「感じた場合」はサニアラズ。ですから、その点を上手く突く(ショック療法)か、事前に、十分な教育を施すか。(私はあまり賛同したくないのですが)はたまた、ニンジン作戦がやっぱり良いのか…。

「選挙 義務化」でグーグル検索をしてみたのですが、とても興味深いコラムがありました。

「義務化への議論を(2003.11.21 奈良新聞)」
http://www.nara-shimbun.com/clm_fri/03/fri031121a.shtml

実は私も、その考えがチラっと浮かんでしまうクチです…(^^ゞ

ポイ捨て禁止条例ではないのですが、たがが外れた現代においては「マナーからルールへ」でも致し方ないのかな・・・と。

もちろん、本来あるべき姿ではありませんが、「悠長に準備している時間が無い」ような気がしてならないのです。

本当に難しい問題ですが、身近な人に必死に訴えていく事で、きっと何かが変わるのではないか?そんな気持ちで活動しています。
Posted by 久野晋作 at 2005年07月04日 21:15
こんばんはー。
ついにmixiから、ホームページにいけるようになっちゃったんですね。

投票率、、、ホント日本の国民は情けないですよね。
私は日本史が大好きだったので、学生時代も、今の選挙権を得るためにどれだけ時間がかかってきたか勉強して、20歳になったら絶対選挙は行かなくちゃ!!って思っていましたけど。

Posted by ゆーみん at 2005年07月05日 01:14
こんばんわ。
私は棄権した都民の一人です。
棄権しようと意識していた訳でもなく、正直何も考えてませんでした。
朝帰って寝て起きてそのまま仕事行って帰宅してテレビ見て、
「あーそういえば今日は選挙だった」
という一日を過ごしてしまいました。
前日、同い年の政治家(久野さん)と出会ったにもかかわらず。。。
で、このブログ見て恥ずかしさというか何というか、とりあえず俺も何か書こうと思いました。
同い年の、しかもつい先日会った人たちの意見が、すごく身近な声に感じました。
「オレはいいのか?それで?」などと今さらながら思ってます。

次は必ず投票しに行こうと思います。
そして皆さんとも意見が交換できたらと思います。

久野さん、頑張ってください。
Posted by フジケン at 2005年07月06日 00:45
■ゆーみんさん、こちらにまでコメントを戴きありがとうございます。

仰られるように、「先人達がどのようにして選挙権を勝ち取ってきたのか?」を考える事はとても大事な事で、不可欠の視点ですよね。

繰り返しになりますが、「どちらの側にも問題があること」を、認識しなければいけないと思います。そして、そもそも選挙権(投票行動)とは何なのか?を一人一人が真剣に考え始めた時、きっと何かが変わってくるのではないか?そう思っています。

■フジケン、ありがとう。当て付けのようなコメントをしてしまって、申し訳ないんだけど、「気づき」が、あるかどうかが先ず第一歩で、そのキッカケになれたのなら、本当に嬉しく思います。

私は、社会人時代に神奈川県横浜市(2年)⇒東京都葛飾区(3年)⇒千葉県我孫子市(今に至る)と渡り歩いて来たけど、こちらに戻るまで(戻ってからも一時期)、投じた票が全て「死に票」になり、遣る瀬無さを感じ、嫌になった事があります。

でも、その分、考えるようになりました。
「一票は、軽いようでいて実は重い。」これが実感です。

同世代の俺たちが、我武者羅に、目一杯、必死に頑張って生きていくことで、きっと何かが変わります。私はそう信じて止みません。一緒に頑張って行きましょうъ( ゜ー^)
Posted by 久野晋作 at 2005年07月06日 17:26
確かに 有権者もいけないけど 政治家の資質の低下など 等とう 呆れる今の日本の国です。国政についてですが
郵政民営化の衆院採決で 青票を投じた政治家が鬼の首を取ったような勢いでマスコミにでまくる連日に呆れてます。どうせ地元の特定郵便局長などに民営化に賛成したら
次の選挙を応援しないと脅かされて青票を入れた政治家こそ 脅しに屈した証ではないかと。
それなのに 党の執行部の脅しに屈しなかったとか吠えてるさまは 目も当てられません。
そういう政治家は選挙の際に二度と「この国を変えたい」とか そういう事を訴えないでいただきたいですね。かたよった意見かもですが この場をおかりして 選挙に行かないのは 政治家の責任でもあるといいたいです。
今 そんな郵政よりも もっと大切な外交 テロ対策を優先してほしいです。。。。っと思います。
Posted by ★☆★ at 2005年07月08日 12:42
★☆★さん。コメントありがとうございます。「誰が悪い」とは断言しているのではなく、「どちらにも責任がある」ということを提起し、訴えたいのです。もちろん、賛否両論はあるでしょう。また、「では、どちらがより責任があるのか?」については、それこそ様々な思いや考え方があることでしょう。

ポイントなのは、「彼らも(は)、選挙を通じて今の立場にいる」という【原点(大原則)】を忘れない事だと思います。

その意味で、マニフェストというツールを「当たり前」にしていく事が有効であると考え、ローカルマニフェストの浸透に努めて行きたいと考えている今日この頃です。
参考;http://www.local-manifesto.jp/gikaigiin/index.html
Posted by 久野晋作 at 2005年07月12日 23:20
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。