2014年11月04日

祝日の本来の意味とは?

昨日は、好天に恵まれましたね晴れ
皆さんは、どのようにお過ごしになられましたか?

私は、家族と共に、我孫子市布佐地区で開催されている【第17回 我孫子国際野外美術展】に入って参りました(その模様の一端は、こちらのFacebook記事をご覧下さい)


▼11月3日の「文化の日の制定理由(過程)」をご存知ですか?

〜「文化の日」は、「(現行)日本国憲法の公布の日」という理由で祝日となった〜

敗戦後に生まれた多くの方が、この認識をお持ちに成っていると思いますが、私も「漏れなくその1人」でした(過去形です)。


インターネットの発達進展により、多くの方々が様々な発信をされるようになりました。

ネットにあふれる情報は玉石混交ではあり、個々のメディア・リテラシー(メディアを利用する技術や、伝えられた内容を分析する能力のこと)が試される部分は否めませんが、「大手メディアや既存のメディアを通しては、見聞きする事が出来なかったタブーとされてきた様々な情報」に触れる事が出来るようになりました。

祝マーク️文化の日の制定の経緯・背景を「フィルター(バイアス)」抜きで見聞きし、知ることができるようになったのです。その気に成って検索していただければ、【天長節(明治天皇の誕生日)→明治節→文化の日】という経緯を辿った事を確認していただく事が可能になっているのです。

【文化の日・明治節】についての詳細は、明治神宮のサイト( http://meijijingu.or.jp/qa/gosai/06.html )に譲りますが、ご存知の方には釈迦に説法ながら、そうだったのか…がく〜(落胆した顔)となると思います。

一事をもって全てを論じる事には問題があるかもしれませんが、この事を一つとってみても「祝日の由来」を理解せず、単なる「お休みの日」としている風潮は大いに糺さねばならないと私は感じます。


▼【祝日の日の本来の意味】を真面目に考えたい。

現在は「いきなり(当たり前に)存在している」のではありません。現在(イマ)は、「連綿とした過去の営みや先人達の労苦、血や汗、そして、涙の結晶」として存在し得るものです。

本来、祝日の日は、それらのことに心から感謝すると共に、後世(ノチノヨ)に、先人達の偉業や歴史を確りと語り継ぎ、より良い世の中にする誓いの日とすることが必要ではないかと感じますが、皆さんはどのように思われますか?

さほど肩肘を張る必要はないかも知れませんが、国民が総体として、こうした事に想いを馳せているか否かは、大きな差となって後の世に表れます。正に今の世に、負の側面が顕著に現れていると感じませんか?

議論の分かれる所ですが、私は、ハッピーマンデーは、直ちに正すべきと考えます。

また、祝日ではありませんが、先日の渋谷におけるハロウィンに関する○○️騒ぎと、その祭りの後の路上が極めて汚されていた事等をニュースを見聞きし、その想いをより強くするところです。


▼歴史力を磨く。

大東亜戦争(ちまたで謂う「太平洋戦争」)の敗戦後、我が国が失ったもの(奪われてきたコト)の余りの多さに気付かされます(…「大東亜戦争」という言葉に、もしアレルギーをお感じの方は、ネットで「検索」してみて下さい目)。

それらを取戻す、または、見つめ直す動きは、国内外を問わず我が国の歴史や成立ちを確りと理解していない方々が使う「復古主義」「歴史修正主義」というような言葉で評されるようなものでは決してなく、本来立ち返るべき「原点」を見つめ直す当然の流れです。

我が国の戦後(敗戦後)の歴史観・国家間が、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)により、如何に捻じ曲げられ歪められてきたのか?このことが白日の元に晒されつつあります。

どちらが歴史を歪めて来たのか?そして、未だになお歪めているのか?
このことに私たちは真っ向勝負をして行くべき時だと思います。

歴史力なき民族は滅びる。
歴史力なき民族は誇りを喪い、自己への信頼を抱けず、
遂には心が萎え、精神的な滅びに至る


『日本よ「歴史力」を磨け』 櫻井よし子著

我が国の祝日とは、我が国の歴史そのものです。

この言葉を今一度、噛みしめると共に、確りと歴史を学び直し、志を同じくする方々と手を携え力を合わせ、真に日本を取戻して行きたいと思っています。

平成26年11月3日
久野晋作 拝
posted by 久野晋作 at 07:00| 千葉 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする