2014年10月23日

【出過ぎた杭になる】

「出る杭になれ」

そう言われた事、発破をかけられた経験はないですか?

でも、中途半端な心持ちで出てしまうと、得てしてキッチリと打たれるものですふらふら

だから、私は【出過ぎた杭になる位が良い】と腑に落としています。
腹を括って挑まなければ、キッチリとカタに嵌められるからです。

また、全力でコトに当たらなければ、相手にとっても失礼であり、
中途半端な結果しか得られないからです。


ただし、一体何の為に、一体誰の為に出過ぎた杭になるのか?

此処が一番大切であり、日々自問自答しなければならないコトですね。

パフォーマンスで出過ぎた杭を演じるのは論外。
そのような振る舞いの意図する所は、経験豊かな方々からは見透かされます。

そう、気づいてないのは本人と取り巻きだけ…という残念な展開となるのがオチ。


ただし。「出過ぎた杭」に成るには相応の勇気と構えが必要になります。

しかも、この事で、問題や課題が、いつも良い方向に向かうとは限りませんし、
要らぬ誤解も受ければ、誹謗中傷も受けることもあります。

白黒をはっきりつけない事も一つの解決手段になることもありますが。
事勿れ(コトナカレ)で済ませる事を良しとしない場合は、敢然と立ち上がらねばなりません。

そうでなければ、自分の理想とする方向へ誘うことも近付けることも出来ないばかりか
目の前にある問題の解決を先送りし、観て見ぬふりを決め込むことになってしまうからです。

私は、そういう生き方は出来ません。
それを許さないもう一人の自分が居るからです。



常に襟を正し、素直に、どこまでもどこまでも真っ直ぐに。

不惑を迎えているものの、そんな生き方に憧れる今日この頃です。






posted by 久野晋作 at 21:01| 千葉 ☔| 林塾・哲学・思想・政治信条・世界観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする