横浜の甥っ子が実家に遊びに来ており、
今日は「書初め」の宿題に取り組んでおりました。
お題は「平和な国」
叔父さんも一筆啓上!と、新聞紙に一発書きで「平」。
折角だから、「和」も…。と、空きスペースの上部に。
平和は祈るだけで実現するものではなく、
能動的に取り組んで初めて担保され得るもの。
この瞬間にも世界各地で、大小様々な紛争が繰り広げられています。
主体的な意思なくして、和平も、平和も実現出来ません。
他律的であれば、自ら思い描く世の中には出来ません。
まさに、ナイモノネダリそのものです。
「平成」の元号に籠められたとされる「内外、天地とも平和が建設【される】」は、本来、「〜建設【する】」と、理解するのが正しいのではないかと思います。
依存から自立へ。
「様々な事柄において、我々日本人の軸足・意識を変えねばならない」と改めて感じる平成25年の新春です。





