2015年08月27日

今時の(見上げた)若者たち

「今時の若者は…」と、頭に付くと悪い言葉(事例)が後に続く事が常ですが、「見上げた若者たち」が歴として居ます。

一昨日(8/25)、帰宅後につけたNHKラジオ第一(先読み!夕方ニュース)で、『遺骨収集を担う若い世代』について特集されており、興味深く拝聴させていただきました。

平成25年1月26日(土)に沖縄で50年以上に渡って活動をされている国吉勇さんの元で、林塾の仲間と共に【沖縄での英霊のご遺体をお迎えする活動】に初めて参加させて頂いたことがありますが、『日本青年遺骨収集団』など民間団体による活動が脈々と続いていたのですね。本当に頭が下がります。

以下、番組紹介を転記させていただきます。是非ご覧ならびにご視聴下さい。
8月25日 遺骨収集を担う若い世代の思いは
(※番組アーカイブスで再放送されています→音声データは一定期間のみ保存のようです。ご注意下さい)

太平洋戦争中に日本本土以外で亡くなった戦死者はおよそ240万人。
このうち、これまでに収容されたのはおよそ127万人の遺骨で、
今もおよそ113万人は現地で眠ったままとなっています。

戦後70年のことし、自民党は今後10年を遺骨収集の集中実施期間とすることなどを
盛り込んだ新たな法案を準備し、今の国会に提出する考えです。
また厚生労働省は、平成15年から行っている遺骨のDNA鑑定の方針を見直し、
原則としてすべての遺骨のDNAをデータベース化するとしています。

一方で、遺骨収集の主な担い手である遺族や戦友が高齢化する中で、
重労働の遺骨収集は難しくなってきています。
そうした中で期待されるのが大学生中心の団体「日本青年遺骨収集団」です。
首都圏の大学生を中心に活動し、沖縄や硫黄島、海外で遺骨収集を行っています。

特集では、遺骨収集に取り組む学生たちに、実際の作業の経験やそこで抱いた思い、
若い世代が戦争をどのように語り継いでいくかをうかがいます。

みなさんは、遺骨収集のあり方をどう思いますか? 
戦争の記憶をどう伝えていくべきでしょうか?
ご意見をお寄せください。
posted by 久野晋作 at 07:00| 千葉 🌁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月25日

言葉は魂。萩市立明倫小学校の「朗唱」の取組み

今日よりぞ幼心を打ち捨てて 人と成りにし道を踏めかし
世の人はよしあしごともいわばいえ 賎が誠は神ぞ知るらん
親思うこころにまさる親ごころ きょうの音ずれ何ときくらん

上記は、山口県萩市立明倫小学校一年生が日々唱和している朗唱文です。
http://edu.city.hagi.lg.jp/meirin-e/

どの言葉もグッと胸に刺さって来ます。

昼食中につけた『先人たちの底力 知恵泉(NHK教育)「やる気を引き出せ!〜幕末の熱血教師 吉田松陰〜」』にて明倫小学校の取組みを知りました。

こうした郷土の偉人の遺した言霊を声高らかに毎朝朗読する事は本当に素晴らしい取組みですね。

明倫小学校のサイトです
 ☛ http://edu.city.hagi.lg.jp/meirin-e/

『朗唱の手引き』という気合いの入った手引書がグッと来ます。


日本語を話すから日本人になる。
そして、その言葉は実体と成る(言霊信仰)。

どの地域にも魂の籠った先人達の言葉があります。

(私は・我が国は)かくありたい
(後進には・子孫には・未来は)かくあって欲しい。

強い願い、強い想いの籠った言葉が沢山遺されています。

身近な所では、市民憲章などもその一つだと思います。

我孫子市民憲章
わたくしたちは、利根川と手賀沼にかこまれ自然と歴史にはぐくまれた我孫子の市民です。
わたくしたちは、田園教育文化都市をめざす市民としての誇りをもち、明日への願いをこめて、ここに市民憲章を定めます。
水と緑と土のにおいがいっぱいの 住みよいあびこにします
心と体をきたえ 生き生きと働き 伸びゆくあびこにします
老人を大切にし 子どもの夢を育て 幸せなあびこにします
ふるさとを愛し 文化を高め 豊かなあびこにします
みんなで話しあい きまりを守り 明るいあびこにします
昭和56年1月15日制定


江戸時代に藩校や寺子屋等で行われていた「素読(そどく)」が、今、見直されています。

私は、こうした取組みを地元の学校や地域で広く普及したいと考えています。

posted by 久野晋作 at 13:27| 千葉 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月14日

火垂るの墓と安倍談話。そして、敗戦後70年を迎えて。

14日晩の金曜ロードショー「火垂るの墓」

兄妹の構成、そして、娘が背格好髪型と節子にとても似ていることも手伝い、親となった今、どうしても観れない。

戦中戦後、国内外において同じような悲惨な体験を強いられた罪のない戦争孤児がたくさん居る。
本当に痛ましい限りであり言葉が出ない。

今、この時も、世界各地で紛争は絶えず、同様に戦争孤児が生まれ、彼等は苦しみのどん底に喘いでいる。


戦争の無い世の中にする為に、どうするか?

手段は様々ある筈だが、愚かな人間は我が事のみに専心し、援け合い、分かち合い、譲り合う事を選択出来ない。


明日の終戦の日(敗戦の日)に先駆けて、本日、安倍首相の戦後70年談話が発表された。

様々な想いや受け止め方が有る事と思うが、私は素直に「良い内容」だったと感じている。

認めるべき事は認めるが、言うべき事は確りと言う。
空理空論ではなく、現実的な対応として、備えるべきは当然備える。

こうした姿勢と構えが無ければ、権謀術数渦巻く国際政治化では、悲しいながら呑み込まれ、圧倒され、蹂躙されてしまう。


言語明瞭意味不明に謝り続けた結果、一体何が残ったというのか?
未来永劫子々孫々謝り続ける事が、一体何に繋がるというのか?

そもそも、一方的に日本が責められる理由が有るのか?
我々が学び、戦後擦り込まれて来た「歴史?」は、果たして「歴史」と呼べるものなのか?
なぜ、私たちの先人達は、勝つ見込みのない戦火を交える事を選択したのか?
正確に言えば、なぜ、私たちの先人達は戦う事を選択せざるを得なかったのか?

それを今一度考え直すことこそが何より大切なこと。

メディアが偏向的に設えた「4つのキーワード」を言ったか言わなかったか?ではなく、気持ちが入っていたのか入っていないのか?でもなく、

これからどのようなビジョンをもって国家を運営して行くのか?益々混迷を深めて行く世界(たった一つの地球船宇宙号)に、どのように関与して行く考えが有るのか?を、国内外に正々堂々と発信して行くこと。

今回の談話の一番の要諦は、このことだと感じた次第。
敗戦後の負の流れに楔を打ち込む契機になると感じた次第。

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。

明日は、家族と共に平穏に過ごせる環境を作って下さった両親をはじめとして、私たちの先人達に心から感謝し、心静かに来し方行く末を考えたい。

本日の金曜ロードショーの「火垂るの墓」兄妹の構成、そして、娘が背格好髪型と節子にとても似ていることも手伝い、親となった今、どうしても観れない。戦中戦後、国内外において同じような悲惨な体験を強いられた罪のない戦争孤児がたくさん居る。本...

Posted by 久野 晋作 on 2015年8月14日



平成27年8月14日
内閣総理大臣談話


[閣議決定]

 終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

 当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

 そして七十年前。日本は、敗戦しました。

 戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

 先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

 ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

 戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

 戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

 終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

平成二十七年八月十四日
内閣総理大臣  安倍 晋三
posted by 久野晋作 at 23:55| 千葉 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月10日

夏の陣から秋の陣へ

おはようございます。お隣の柏市で昨日執行された市議会議員選挙。微力ながら応援させていただいた候補者は盤石の勝利を掴まれました。心よりお祝い申し上げる次第です。

投票率は35.25%。真夏の選挙とは言え、非常に厳しい数値。選挙の諸課題を痛感する所です。

平成27年8月9日執行 柏市議会議員一般選挙 投票結果(最終)


▼平成27年8月9日執行 柏市議会議員一般選挙 開票結果

酷暑と言える厳しい状況下で選挙戦に臨まれた全ての関係者の皆さんに於かれましては、本当にお疲れ様でした!

本市における秋の陣に向けた動きは、お盆明けから本格化してくることと思いますが、焦らず、弛まず、怠らず、臨んで行く所存です。

久野晋作 拝
posted by 久野晋作 at 08:26| 千葉 🌁| 選挙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする