2014年05月31日

古利根沼で一息。

昨日夕方からポスティングをした中峠(大和団地)地区。卒業した中学校区と言うこともあり、庭先や道先で激励のお言葉をいただき地元の温かさを痛感しました泣き笑い


途中に立ち寄った古利根沼で小休憩。

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写真はその時の一枚です。静かな湖(沼)面、沈み行く夕陽。心安らぐひと時でしたにこにこ


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こちらは湖畔で、気持ち良さそうにまどろんでいる猫。思わずパチリ。


我孫子、本当にイイですねおやゆびサイン


食後は、久しぶりに一家団欒、人生ゲームにこにこ


私は、弁護士からアルバイトに転落顔3(かなしいカオ)


人生って、スリリング…そして、時に?厳しい…顔1(うれしいカオ)あせあせ(飛び散る汗)


子供には刺激的かも知れませんが、ボードゲームは色々な意味で学びが多いようです。息子は小学校に入学したての一年生ですが、計算が早くなっていて驚きでしたにこにこ


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posted by 久野晋作 at 08:36| 千葉 🌁| ポスティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月30日

ドライバーの皆さん、安全運転!歩行者優先!よろしくお願いします!

おはようございます。今朝は布佐駅東口での駅頭活動の後、布佐地区の街頭にて、ご挨拶させていただきました。


ご当地では、行き交う車一台一台に対して、ご挨拶させていただいていますが、やはり気になるのが、運転中に携帯電話の使用またはスマートフォンの操作をされている方が少なくない事です顔1(うれしいカオ)あせあせ(飛び散る汗)


朝は、何かと連絡のやり取りが生じ、どうしても…という気持ちも分らなくはありませんが、教習所で習ったとおり、目を離したホンの僅かな時間に車ダッシュ進む距離は驚きの距離ですびっくり


40km/hで走行していた場合、一秒間に約11mも進みます。ちょっとでもSPEEDを上げていれば…です失敗


また、横断歩道を歩行者が渡っている、または渡ろうとしているにもかかわらず、止まる方は殆ど居ません。今朝は、その件で、駅を利用される方にお叱りをいただきましたが、何かが起こってからでは取り返しがつきません。


注意一秒、怪我一生。


交通事故は、他人および家族の人生を変えます。


ドライバーの皆さん、今日も一日、安全運転でお願い致します!

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posted by 久野晋作 at 09:57| 千葉 🌁| ◆駅頭報告◆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月25日

我孫子・再発見の旅。

おはようございます顔1(うれしいカオ)

昨日は、市内の多くの小学校で運動会が行われましたが、好天で何よりでしたね。勝ってよし負けてよし。さぞや、良き思い出になることでしょうにこにこ


一方、私は根戸地区への活動リポートの配布で、たくさん歩いた一日となりました📬マラソンダッシュ


根戸は柏市との市境となり境界が複雑に入り組んでいます。ちょっと進んでは縮小した地図と睨めっこしながらのアタックとなり、少々時間が掛かり、終了時、時計の針は7時を超えましたが、目標としていたエリアを無事完了することができましたキャラクター(万歳)


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水と緑に包まれ、都会に近いながらも少し足を伸ばせば直ぐそばに自然に触れることが出来るまち我孫子。


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東端の布佐から西端の根戸まで隅々まで歩き、改めて我孫子の良さがよく分かりました顔1(うれしいカオ)


我がまち、我孫子は本当に最高ですおやゆびサイン


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ちなみに、市内で三軒目の久野さんに出逢いましたにこにこ(遠戚ではありません)

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市内全域への活動リポートの配布完了まで、やっとこさ、もう一息の所まで来ました。


まだまだイケると思ってはいるものの、古傷の膝と対話しながらサポーターでガッチリ固めて臨んだシリーズでしたが、老体に鞭打ち、気合いを入れて頑張りますダッシュ



posted by 久野晋作 at 07:55| 千葉 ☀| ポスティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月22日

どこまで我がことと考えられるか?

こんばんは。今朝は我孫子駅南口での駅頭報告から始動。本日から5/15発行の2つのリポートを同時配布させて頂きました。私たちの足元の地域の事から国家の事まで、全てを我が事として考え、課題解決に向けた一歩を踏み出す一助となれば幸いです。


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明日は焼却灰一時保管問題の第2回口頭弁論期日(午前10時〜)です。駅頭報告の実施後、千葉地方裁判所・松戸支部に向かいます。記憶が薄れつつある問題かと思いますが、今なお、私たちの足元・目と鼻の先にある危機管理不全の保管施設。この状態を是とすることは絶対に出来ません。


「ならぬものはならぬ」この一言に尽きますが、千葉県他の対応を是正すべく、原告団の一人として、怒れる住民の一人として戦います。この問題の是正に係る活動に関し、明日の傍聴はもとより引き続きのご支援ご協力をお願いいたします。

posted by 久野晋作 at 22:54| 千葉 ☔| ◆駅頭報告◆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月19日

がんばった先にあるもの。

我孫子はもうすぐ運動会シーズンです。

夕方のポスティングで訪れた白山・船戸地区の小学校(第四小)の校庭では、応援団の練習が行われていました顔1(うれしいカオ)

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運動会の花形であり、人気のある応援団。


ちなみに、私は、中学校時代にクラスのくじ引きで応援団(流れで、副団長…あせあせ(飛び散る汗)になりました。誰も立候補者がいなかったので…顔1(うれしいカオ)あせあせ(飛び散る汗)今では全く逆ですね。でも、その時の想い出は一生物。そう、やった人にしか分からないものがあるのですよね


一生懸命声を張り上げている児童達がとても眩しかったですきらきら



以下、どうでもいい余談です


手賀沼沿いの地区は、丘陵地であることから坂や階段が多く、瞬間的に躊躇させてくれます顔1(うれしいカオ)あせあせ(飛び散る汗)  連続で直面すると、ちょびっと気を失いそうになります。


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ええい!ままよ!と、ヤケクソになり調子に乗り駆け上がったり下ったりしていると、終了間際になるにつれキッチリと膝にダメージを与えてくれます。


でも、この道の上にある何かを探して…。


私も青春しています勝ち誇り


明日もがんばっぺマラソンダッシュ

posted by 久野晋作 at 23:53| 千葉 ☁| 徒然こらむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月18日

明日に向かって…


明日に向かって…印刷!

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そして…折りたたみ勝ち誇り


夜更かしが過ぎる今日この頃ですが


新たな挑戦、始めますダッシュ


posted by 久野晋作 at 23:31| 千葉 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月15日

沖縄返還の日、そして、あれから一年。

1972年(昭和47年)沖縄の施政権がアメリカ合衆国から日本に返還されて本日で42年経ちます。

集団的自衛権行使に関する報道も相まって、メディアでは大々的に取り上げられませんでしたが、本来、国民の祝日にすべき位の日だと思います。

私は、沖縄返還の年に生まれましたので42歳になりますが、未だに米軍が沖縄をはじめとして全国各地に基地を展開し、首都の上空など領空までをも管制している状況が一向に変わらず、「自立した国家として本来あるべき形」にはなっていません。

先人達の無念を受け継ぎ、子孫に責任ある国家を繋いでいく為に、何としてでも、この歪な状態を変えて行きたいと思っていますが、「何故、未だにこうなってしまっているのか?」「本当にこのままで良いのか?」について、私たちは良く良く考えて行かなければなりません。

沖縄が本土に復帰したことを心から祝うと共に、その沖縄が置かれている現状について、そして、我が国の来し方行く末について、もっともっと真剣に考えて行かねばなりません。

その意味でも、正に国民の祝日にするに相応しい日ではないかと思います。

憲法を守れば全てが大丈夫なのだという思考停止状態、また、憲法を改正すると戦争ができる国に成るというヒステリックかつ飛躍した議論に終始するのではなく、好い加減に現実と未来を見据えた議論をして行かねばならないと思います。


ちなみに、昨年の5月15日は私にとって屈辱の日でもあり、生涯忘れられない日でもあります。

そうした意味も含めて、今日も明日も明後日も、「本来あるべき正しい姿・社会・国家」を取戻すべく、歯を食いしばり、眼差しは真っ直ぐに前を見つめ、捲土重来を期して頑張って行くと決意を新たにした所です。

引き続きご指導ご鞭撻のほど、何卒宜しくお願い致します。

平成26年5月15日
久野晋作


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posted by 久野晋作 at 23:59| 千葉 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月12日

泳げる手賀沼の実現を目指して!

昨日は、5月第二日曜日の恒例イベント【Enjoy!手賀沼】に我孫子青年会議所OBの一員として、「焼きそば」や「ホットドック」売り場(鉄板係りとしてで先輩方、現役メンバー、川村学園の学生さん達と一日を過ごしました顔1(うれしいカオ) 最後に、我孫子中学校のテニス部の子達が売り子さんとして声を張り上げていただき、全て売り切ってくれました〜皆さん、本当にありがとうにこにこ

関係者の皆さん、一日お疲れ様でした!


当日は朝一番で、我孫子青年会議所が事業として行った「eボート」に息子と乗らせていただきましたにこにこ

天気にも恵まれ、本当に気持ちの良い一日でしたメロディ


改めて我孫子の良さを五感で体感・満喫した次第です。


何より、水辺があることは本当に大きな大きな財産です。
昔のように手賀沼で泳げるように、浄化して行きましょう!
posted by 久野晋作 at 23:58| 千葉 ☁| ★活動予定・市内イベント★ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月08日

子の神エリア

本日は子の神地区(寿)を回らせていただきました顔1(うれしいカオ)

若松の交差点のツツジをおさめてスタートマラソンダッシュ 
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この地区も斜面林沿いに村川別荘や古墳群など様々な史跡のある地域ですにこにこ665B745F-315D-4655-81BD-E6AA4D230A4F.jpg

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お休みの時など、散歩するには絶好の距離です。我孫子の斜面林沿いのエリアは西から東までスポットが多くオススメです。

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当該地区は久しぶりに回らせていただきましたが、地域の方々との思わぬ出逢いや会話にも恵まれた活動となりましたおやゆびサイン

市内全域配布完了まで、もう一息。

引き続き頑張りますダッシュ

posted by 久野晋作 at 19:47| 千葉 ☁| ポスティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月07日

力必達!

柔道の創始者であり、教育者でもあった嘉納治五郎。手賀沼を眼下に望む好立地に明治44年に別荘を設けた跡地が天神山緑地として整備されています。A646856B-ADA4-4962-8BE4-99DD365E9D2D.jpg


治五郎が甥の柳宗悦を呼び、柳が志賀直哉→武者小路実篤を誘い…。一時期、我孫子は白樺派の文人達の別荘地に。治五郎の引力が呼び寄せた「業(技)」でしょうにこにこ


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本日、当該地区をポスティングさせていただいた途中に、整備後始めて立ち寄り、東屋(あずまや)で一休みさせていただきましたにこにこ


▼「力必達」▼

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東屋に飾られた治五郎の原書は、我孫子第一小学校の体育館にあります(もしかすると、移動しているかも知れません)。


【読み】 つとむれば かならず たっす

【意味】 努力すれば、必ず(目的に)達すことができる


豪快な筆。シンプルな言葉。


力強さと訴求力が抜群で、ズンと肚に来ますてれてれ


まだまだ、まだまだ…頑張らねばあせあせ(飛び散る汗)


教育者でも有名だった治五郎。


その念子を少しでも受け継いで行きたいと思います。



※最後の表札は、このお話とは全く無関係です顔1(うれしいカオ)あせあせ(飛び散る汗) が、我孫子で二軒目に出会った「久野」さんの表札。「ひさの」ではなく「くの」さんです。親戚筋ではありませんが、嬉しくて思わずパチリ勝ち誇り 

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地域を隅々まで回らせていただくと、人と出逢いは元よりとして、色々な出逢いがあり、本当に飽きません。


明日も、明後日も、その先も…ひたすら頑張ります。

posted by 久野晋作 at 23:19| 千葉 ☀| ポスティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月03日

憲法とは何ぞや? …井上毅が憲法に懸けた想いとは…

自主憲法とは何ぞや。と言うことがよく分かります。
そこに懸けた想いの深さも尊さも。

本来、自国の憲法には、こうした先人たちの精神や想い、そして国柄や歴史を確りと反映させ、受け継ぎ繋いでゆかねばなりません。果たして、「現行憲法」の成り立ち、そして、中身はどうか?

断絶され奪われたものは必ず取り返す。

子孫に繋がなければならないことは必ず繋げる。

当たり前のことを当たり前に明記し実現する。

このことに気付いてから、私にとって今日はそのことを誓う祈念日です。
その意味で国旗を掲揚します。

致知出版社
★『致知』が贈る「憲法記念日」特別配信★ 
「明治憲法制定に命を懸けた男」
……………………………………… 

 本日は憲法記念日です。
 
 日本国憲法を語る時、その比較
 対象としてよく挙げられるのが
 明治憲法です。
 
 そこで本日は明治憲法制定に
 命を懸けた男、井上毅の感動物語を
 特別配信させていただきます。
……………………………………… 

 幕末に熊本藩に生まれた井上毅は
 藩校で儒教を学び、維新後は
 フランス語を学び、
 明治5年にはフランスへ渡り、
 西洋の法制度を学ぶという経歴を経、
 法制官僚としての階段を上り詰めて
 おりました。

 しかし、井上には専門的に国史国典を
 学んだという経歴がありませんでした。
 その井上が、この『大政起要』の編纂に
 関わることになったのを機に、
 国史国典の勉強をやり始めたのです。

 直接的な当時の資料はあまり残されて
 おりませんが、井上がこの国史国典を
 どのように考えていたかを推測させて
 くれる記録が残されています。

 明治16年か17年の頃、
 皇典研究所という所で
 井上が講演をした時の記録です。
 ちなみにここで皇典とか国典とか
 いうのは『古事記』『日本書紀』の
 ことです。
 ここで井上はまず次のように
 述べています。

「政事の為めに国典を講究することは、
 政治上隨一の必要である。
 何んとなれば、海の東西を問はず、
 総ての国が其の憲法及び百般の政治に
 就いては、其の淵源基礎を己れの本国の
 歴史典籍に取らぬ国は無い。
 国の歴史上の沿革及故典慣例は、
 其の憲法并に政治の源である」

『古事記』『日本書紀』を研究することは
 非常に大切なことである。
 この国に生まれたあらゆる人間が
 学ぶべきことであるといっても
 いいだろう。

 洋の東西を問わず、
 憲法や政治百般について、
 その基礎を自らの国の歴史の典籍に
 とらない国はない。
 その国の歴史、それを記した古典、
 慣例こそ、その国の憲法並びに
 政治の源である。
 そこを押さえねば憲法は考えることが
 できないし、政治もできはしない、と。

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ドイツから帰国した翌年、伊藤博文は
 憲法準備のために制度取調局を設置し、
 井上毅を含む15名が同局兼任
 となりました。

 井上はさらに憲法草案に向けての研究を
 進めます。
 相変わらず直接的な資料があるわけでは
 ありませんが、同時に井上は日本の歴史、 
 とりわけ皇室の歴史を徹底的に
 学び始めたと思われます。

 井上は当時、東京帝国大学で国史を
 教えていた小中村清矩の教えを
 受けるとともに、小中村の婿養子である
 池辺義象を助手にして
『古事記』『日本書紀』や『大日本史』などの
 日本の歴史書を徹底的に勉強して
 いきました。

 明治19年に池辺が
 東京大学古典講習科を卒業すると、
 池辺は宮内省図書寮に
 採用されます。
 当時、井上は同省図書頭も兼務して
 おりました。
 池辺がその当時のことを
 次のように記しています。

「19年の夏、この学科を卒業して
 大学をいで、やがて宮内省図書寮の
 属官を拝命しぬ。
 
 この時、先生はこの寮の頭にて
 おはしながら、かの帝国憲法、
 皇室典範の制定に従事したまひしかば、
 寸時も暇あらせたまはず、
 朝はまだほのくらきより起きいでて、
 夜は更るまでこの事にのみ
 かがづらひたまひき。
 その任用したまふ人おほき中にも、
 おのれには我国の典故を悉取調べさせ
 たまへり。

 さればおのれは、官省時間の外は
 先生の家にのみ籠り居、
 常にその監督の下にありて、
 その料をかきつづりしこと
 いくばくなりしぞ」

 この頃からそんな無理がたたってか、
 井上は病気がちでした。
 池辺はそんな井上の健康を心配し、
 気分転換をかね、明治19年の暮れから
 翌年にかけ、井上を安房、房総、相模を
 巡る旅に連れ出します。

 ところが、井上はどこへ行こうと、
 昼食の席でさえ書類を手から離そう
 とはしません。
 そして思いついたことをすぐに筆で
 書き留めようとするのでした。
 その凄まじさには拙著
『教育勅語の真実』でも触れていますが、
 ここでも重複をいとわず紹介して
 おきましょう。

 あるとき千葉の鹿野山に登ることに
 なりました。
 井上は片手に杖を持ち、
 もう一方の手にはいつものように
 書類を握りしめて歩いていました。
 山は12月の冷たい風が吹き、
 手が凍るように冷たくなります。
 ようやく井上は書類を鞄にしまいました。

 横を歩いていた池辺は、
「ようやく歩くことに専念していただける」
 とほっとするのですが、
 それもつかの間、井上はこういいました。

「ところで、大国主神の国譲り≠フ
 故事はどういうことだったろうか」と。

 あるいは鎌倉に行ったときのことです。
 その日は雪が降り、
 風も強くなっていました。
 井上は歩きながらいつものように、

「大宝律令にはどんな話が書いてあった
 だろうか」
 と質問します。

 池辺が
「あいにくここには原文がありません。
 私の記憶だけでは正確に答えられません」 
 というと、

「いますぐに確かめたい。
 帰京予定は明日になっているが、
 それを一日早め、これから出発すれば、
 今日中には東京に帰ることができる」
 と、突然雪が降りしきるあぜ道を
 駆け出したというのです。

 そのようにして藤沢まで行き、
 そこで人力車を雇って横浜へ。
 さらに汽車に乗り継いで、
 その日のうちに東京に戻ったといいます。
 
 私はこの池辺の文を読んだとき、
 ここまでして井上は日本の歴史の
 核となるものをつかもうとしたのかと、
 思わず涙がこみ上げてくる思いでした…

………………………………………………        
 
 伊藤哲夫
(日本政策研究センター代表)                

「明治憲法の真実」 (小社刊)より

<目次>
序章 明治憲法最後の日
第一章 五箇条の御誓文から始まった明治憲法
第二章 いかなる憲法をつくるか
第三章 明治憲法成立
最終章 日本国憲法を考える

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posted by 久野晋作 at 09:08| 千葉 🌁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする